2019.10.16 愛知県豊橋市 視察
台風19号の猛威の直後ではありますが、予定されていた生活福祉委員会の視察で豊橋市を訪問しました。こちらは被害が軽微であったとのことです。
AIを活用した自立支援事業
今回学ばせていただいたのは、豊橋市が2017、18年と続けて実証実験を行った、AIを活用した自立支援事業についてです。AIを介護分野であるケアプランの作成に活用する事例は、同市が全国で初めてとなっています。
豊橋市について
豊橋市は人口37万7000人で、人口減少が始まっている地域です。1万8000人の外国人がおり、その数は増加中で、人口減を抑制しているとのことです。一般会計の規模は1400億円あまりで、目黒区に比べてやや大きな規模の自治体となっています。
高齢者はおよそ9万5000人で、高齢化率は25.2%。全国平均を少し下回っていますが、今後確実に進んでいく高齢化への対応は全国共通の課題です。
介護をめぐる市の概況
同市の要支援・要介護の認定者数は、2010年の1万人強から、2025年には1万7000人を超える見込みとなっています。
介護の必要性を大きく左右する認知症患者数の推計も、2015年に約7600名であるのが2025年には1万人を超えるとされています。なお、現在では市内に8700名ほどの患者がいると推定されており、昨年1年間で徘徊に出てしまう事故が40件ほど発生し、うち3件は亡くなった状態で発見されています。
介護にかかるコスト面を見ると、2013年に189億であったものが、2017年には212億と23億円増加している状況で、ここを抑えることも事業の狙いの一つとなっています。
例えば、2017年当時の同市の数字では、要介護3と2の介護給付費用が最も差が大きくなっており、年間60万円ほどの違いが出ています。要介護3の方は900名いるそうですが、うち5%の介護度を下げることができれば、年間2700万円の抑制効果があります。逆も然りで、要介護2に踏みとどまらせることにも同様の効果があります。
事業導入の経緯
豊橋市は、2017年の7月に、東京のベンチャー企業であるシーディーアイと提携し、この実証実験を開始しました。企業側から提案があったとのことですが、同市で事業を実施した理由として
・人口規模がAI開発に適切であること。(5万件ほどの介護データがあれば実用可能とされていた)
・介護保険の保険者が三河地域の広域に切り替わる予定となっており、そうした広域連携に移行する自治体を探していたこと。
・市長がAIに関心が高く、3期目のスタートとなった2016年の所信表明でAIの活用に言及していたこと。
こうした点が挙げられています。
同市としても、自立を目指すという介護保険制度の本旨に則った提案であることや、政府が2017年6月に打ち出した未来投資戦略2017で、保健医療分野などでのAI活用を掲げるなど、国としても同じ方向に動いていたことなどから、企業側に積極的に応える形となりました。
余談ですが、提案があったのが2017年5月で、そこから2ヶ月で協定を結び、年度内に実証実験を行い4月には成果を出すという民間企業ならではのスピード感で事業が進められています。
事業の概要
目的
事業の目的は市民、事業所、保険者(市)のそれぞれに設定されています。
市民に対しては、自立支援の普及啓発を行い、健康寿命の延伸を図ること。事業所に対しては、ケアマネジャーの業務を効率化し、介護人材を確保すること。保険者たる市に対しては、介護給付費を適正化することで、介護給付費の抑制を図ることとされています。
スキーム
事業の内容は大きく2つで、ひとつは市民およびケアマネジャー等それぞれに向けたセミナーの開催による啓発と、もう一つがAIを活用したケアプランの作成支援です。ここでは視察項目であるAIの方に特化して報告します。
いわゆる要介護認定を受けた後に、ケアマネジャーによるケアプランの作成が行われますが、ここにAIを活用するのが今回の事業です。つまり、AIを用いるのは市の職員ではなく、各事業所のケアマネさんとなります。
従来通り、ケアマネによるアセスメントを行い、長期・短期の目標を設定し、必要なサービスを選択する際に、介護認定調査票と主治医意見書の内容をAIに入力すると、1~2秒でおすすめのケアプランが出力されます。
ただ、AIは家庭の経済力や本人および家族の希望などは勘案せずにプランをはじき出すため、必ずケアマネが目を通し、必要に応じて修正する運びとなっています。
AIの機能
今回の実証で用いられたのは、「CDI Platform MAIA(マイア)」というAIで、既に一般への提供が開始されており、ケアマネ1人あたり月額1万円で利用することが可能になっています。
実証実験においては、豊橋市での要介護認定申請に関するデータ(訪問調査票、主治医意見書、認定結果)を10万6000件あまり、給付実績に関するデータ(サービス提供年月、利用サービス種別、利用日数)を578万2000件あまり学習させ、その分析に基づいて、与えられた条件下でのおすすめケアプランを提案する作りになっています。
ただプランを提案するだけでなく、それを実行した場合に、日常生活の自立度の指標とされるADLやIADL、また認知症状等がどう改善するかを予測する機能も備えています。こうした予測は、人間ではベテランのケアマネさんでも難しいとされています。
さらに、最大で3つのプランを出力し、それらを用いた際の予測結果の比較をすることも可能です。
また、補助的な機能ではありますが、アセスメント入力の際には、他の項目との関係性から判断して、矛盾している可能性を指摘するようになっています。
実施結果
2017年度は、期間が短く有用なデータが得られませんでしたが、2018年度には18の事業所で41名のケアマネジャーがMAIAを活用し、合計で172件のケアプランが作成されました。
サンプル数の少ない要介護4、5を除去した64名分をAI活用群とし、同市の過去の6ヶ月間の比較データ7125名分を過去データ群と設定して比較した結果、要介護状態の改善までには至らなかったものの、過去データ群に比べて悪化を抑制するという結果が得られました。
要介護3についてのみ、過去データ群を下回る結果が出ていますが、これについての断定的な分析はなされていません。サンプル数の不足による偏りとも考えられます。
AIによる提案の特徴
AIが提案するケアプランの特徴として、リハビリ系のメニューが増えることが挙げられます。
要支援では訪問介護と訪問リハが増加し、通所介護が減少して、介護給付費用も安くなっています。一方、要介護では訪問・通所リハが増え、訪問・通所介護が減る提案となっていますが、金額としてはむしろ増加しています。
利用ケアマネのアンケート
この事業の大きな課題となったのが、実際にAIを使うケアマネの反応です。実施のアンケートでは35名が回答し、「役に立たなかった」「あまり役に立たなかった」が実に61%を占めています。
また、ケアプラン作成において「活用できなかった」「あまり活用できなかった」の割合は、なんと86%にのぼっており、現場での戸惑いが強く感じられる結果となっています。
役に立ったと答える方は、サービス提案の幅が広がる点や、新たな気付きが得られる点を挙げている一方、役に立たなかったと答える側では、利用していないサービスが提案される点や、本人に合っていない点、提案の理由が不明であることなどが指摘されています。この背景には、MAIAが検討過程を示さないブラックボックス型のAIであることも影響していることが考えられます。
実際には、うまく利用できている人と、そうでない人の差が大きく出ており、ケアマネの力量によって、活用の度合いが違ってくるようです。
今後の課題
今後の課題としては、MAIAによる提案の理解不足が目立つことから、利活用セミナーなどによって活用ノウハウを広めていくこと、既存のシステムとの連携やタブレット端末の貸与などシステム環境を整えること、新サービスや保険外サービスなど、刻々と変化していく状況にMAIAを対応させていくことなどが挙げられます。
まとめ
介護現場においては、かねてから人材不足が指摘され、今後はさらに労働力全体が縮小していく段階にあって、業務の効率化や支援にAIを活用する流れ自体は、必然的な流れであるように思います。
また、ケアプランの質という観点からも、今後さらに全国で膨大なデータを学習させることによって、最適な介護を提供できる可能性が上がることも十分に考えられます。
一方で、豊橋市が実証実験を行った結果から見えてくるのは、AI自体への理解がまだまだ不足している点だと思います。担当者の方も「ケアプラン作成機ではない」ということを仰っていましたが、まさにその通りで、膨大なデータから導き出される統計学的な提案を示すまでの技術であり、それをどう活用するかは、まさにケアマネさんの経験とノウハウにかかっていますし、サービスを受ける側のAIに対する理解も不可欠です。
実際に、今回の事業に対する本人や家族の反応を聞いたところ、総じて男性の受けが良い傾向があり、AIについて一定の認識を持っている、比較的若い世代の家族がいる場合に反応が良かったとのことでした。
これは介護分野以外にも当てはまることですが、新たな技術であるAIをどう捉え、どう活用するか、その理解を促進していくことが非常に大きな課題と言えます。正直、まだまだ時間を要するとは思いますが、「避けて通れない道」として、地道に活用を進めていくしかないのだと思います。
豊橋市でも、広域連合での対応となる8期の介護計画にAI活用を落とし込めないか模索しているようですが、RPAやAIが動き始めた目黒区においても、今後の可能性を積極的に探るべきでしょう。